江戸時代の毒薬といえば、「石見銀山ねずみ捕り」の口上が、落語・歌舞伎などでお馴染みでしょうか。ただ石見銀山と言われるものの実際は石見国笹ヶ谷鉱山から産出された硫砒鉄鉱から作られた殺鼠剤でした。
つまり石見銀山という知名度から、亜ヒ酸を成分としたこの殺鼠剤は、俗に「石見銀山」「猫いらず」という名前で流通していたといわれます。
さて岡山藩の法令が、町方については町奉行の名前の下、一般に周知徹底されていたわけですが、京橋際に置かれた高札も、その公示方法のひとつでした。
今回は、その高札の中から「毒藥札」についてご紹介しましょう。
まず岡山市史から引用することとします。
「毒藥札は賣藥、金銀、新刊書籍等の賣買に關する掟を掲ぐと雖も、條文の冒頭「毒藥云々」の文字あるを以て、之を毒藥札と呼ぶ。其の文に曰ふ「(一)毒藥並似藥賣買之儀、彌堅制禁之、若於商賣仕者、可被行罪科、縦同類たりといふとも、訴人に出る輩は、急度御褒美可被下之事。(二)似金銀賣買一切停止たるべし。自然持来に於ては、両替屋にてうちつぶし、其主に之返之、並はつとの金銀似金銀者、金座銀座江遣し可相改事。附 にせものすへからさる事。(三)寛永之新銭、金子壹両に四貫文、勿論壹歩には壹貫文、御料地私領共に、年貢収納等にも、御定の員數たるへき事。(四)新銭之儀、いつれの所に於ても、御免なくして壹圓不可鑄出之。若違犯之輩有之者、可爲罪科事。
附 惡銭、古銭此他外撰へからさる事。(五)新作之慥ならさる書物、商賣いたすへからざる事。(六)諸色の商賣、或一所買置しめ賣、或申合高直にいたすへからざる事。(七)諸職人申合、作料手間賃等、高直にすべからず。惣而誓約を為し結徒黨儀、可爲曲事」、と。
 この記載から「毒藥札」という高札は、「毒薬ならびに“似せ”薬の売買の禁止の他に、“にせ金銀”の売買の禁止、寛永に鋳造された新銭の交換レート、新銭の勝手な鋳造の禁止、新作であるかどうか不確かな書物の商売禁止、買占め、申し合わせによる高値の維持の禁止、職人の手間賃を申し合わせて高く設定することの禁止が定められていましたが、この条文冒頭に「毒薬云々」という文字があったことから「毒薬札」と呼ばれるようになったとの事です。
 さて「毒藥並似藥」で、「似せ薬」の表現がありましたが、今の時代、「似せ薬」は、文字通りの「似せ薬」の意味以外に、大半は「偽造薬(ぎぞうやく)」として用いられるプラシーボ(プラセボ)※1を意味する場合が大半でしょうか。
このほかに列記された条項は、今の世の中に照らし合わせても、通貨の交換レートを定めたりとか、通貨偽造の禁止、消費者利益を損なうとして独占禁止法で定めているカルテルの禁止など、いずれも薬とは縁遠いものです。
 なぜ、この組み合わせにしたのか、その真意は今となっては分かりませんが。
他の札にしても、親子札(忠孝札)・切支丹札・伴天連札・駄賃札などがあったとされますが、辛うじて「諸職人申合、作料手間賃等、高直にすべからずが、駄賃札に含まれてもおかしくないのかなと思えるくらいです。
 また切支丹札・伴天連札が分けて掲げられたことも不思議なことですが、毒薬札と同様に「伴天連札亦耶蘇教取締に關するものなりと雖も、條文の冒頭『伴天連云々』の文字あるに依り、これを前記切支丹札と區別して伴天連札と呼び、正徳四年(1715)十二月の設置に係る」とありますので、そう深い意味はないのかもしれません。
 いずれにしても高札は、公儀の指示に基づいたものであり、その定法の中で特に重要なものが掲げられたこと、また公儀の定法の文面を代えて、町奉行名で発せられたもの、さらには大坂商人との経済的な結びつきが大きかったことから大坂町奉行所の法令を模したものもあったようです。
 時代劇などでお馴染みの高札、町人の作法を定めたものとして、いかに重要な意味を持っていたのか、その内容を詳しく調べて、当時の町人生活を想像することも面白いかもしれませんね。

 

《参考》
岡山市史 大正9年発行

※1 偽薬とは、本来治療効果を持たない(有効成分を含んでいない)薬。プラセボともいう。
主に治験(臨床試験)において、開発中の薬の有効性を調べる際に使用される。本物の薬と「外見」「重さ」「味覚」の3点を酷似させたもので、中身は澱粉など一切の薬効成分を含まないもの(インアクティブ・プラセボ)か、被験薬以外の薬効成分を含んでいるもの(アクティブ・プラセボ)の2種類がある。
治験(臨床試験)では、被験薬と偽薬(プラセボ)を患者に同じだけ投与し、それぞれの症状を観察する。被験薬を投与した時のみ効果が現れる、もしくは偽薬(プラセボ)投与時に比べて被験薬を投与したときの効果が強い場合のみ、開発中の薬の有効性が認められる。
なお、偽薬(プラセボ)を服用した際、本来ならば改善されないはずの症状が改善される事をプラセボ効果(プラシーボ効果)と呼ぶ。プラセボ効果の根拠は諸説あるが、たしかな説はいまだ解明されていない。傷み、下痢、不眠といった症状に関してはプラセボ効果が強く出る場合が多い。
《製薬業界 用語辞典》